ミーハーで蛇足な日記帳もどき。ALFEEを中心に音楽ネタが多いですが 、基本的に何でもアリで節操ありません。
2010/03/07 Sun 00:43
 6日は新国立劇場の小ホールで5日から上演されている舞台『』を観て来ました。本当は下旬に観に行く予定があるんですが運良く当日券が取れたので♪

 舞台『象』は別役実さん原作の不条理劇。
 深津篤史さんが演出を担当。
 全2幕で上演時間は2時間45分。

舞台『象』 広島原爆の被爆により背中に大きなケロイドを負った病人(大杉漣)は、入院する前までは背中を町中で晒して人々の注目を浴びることに生き甲斐を感じていたので、再び町中に出て背中を晒すことを熱望する。しかし、同じ被爆者である甥(稲垣吾郎)は「もう人々の前に出ず、静かに死を待つべきだ」と諭す。
 しかも、確実に近付く死を理想的なもので迎えようと病人は行動が大胆になっていく…

 …という話なんですが、"不条理劇"なだけあって物語の掴みどころが無いというか、登場人物がそれぞれ「自分だけの世界観」の中に生きていて、誰の言葉が現実なのか?誰の言葉正しいのか?誰の言葉が嘘なのか?誰の言葉か幻想なのか?、疑問に持ち始めたらキリがない。
 でも、だからこそ観ている側には設定や状況をイメージする自由が与えられ、人によって色んな解釈が出来る面白さがある。

 まだ舞台が始って2日目なのでネタバレになるような感想は避けますが、吾郎ちゃんが雑誌のインタビューで語っていた通り、「物語を理解する作品ではなく、物語を感じる作品」なんだというのを痛感しました。

 観終わった後に明確な答えが出る作品ではないのに強烈な印象を残すところは、個人的にカミュの『異邦人』を初めて読んだ時の衝撃と被ります。あの小説こそ不条理の代名詞的な存在ですけど、主人公の気持ちを理解したくないんだけど受け入れるしかないというジレンマ、これが病み付きになっちゃうと危険なんだな(笑)

 本を読む際に「行間を読む」という表現方法がありますが、この舞台はそれに通じる感じで「雰囲気を観る」という作品かもしれません。


 そして、ここから私らしくミーハーな感想(笑)

 バルコニー席で舞台の端っこに役者が立つと見切れてしまうこともあったとはいえ、視界が開けている上に舞台に近い席だったから役者が前に出てくると近い、近い。じっくり吾郎ちゃんの表情を堪能することができましたよ♪

 しかも吾郎ちゃんのビジュアルが超好みだったので、始ってしばらくの間は吾郎ちゃんの姿に見惚れてしまっていましたね。冒頭のシーンから吾郎ちゃん演じる男の世界観に惹き込まれまして、少し理解し難い表現があってもずっと引っ掛かったまま観ることはありませんでした。
 衣装も普通と言えば普通なんですが、病人と同じ病に倒れる役柄のせいか華奢な印象を与える服で、佇まいそのものが現実的でもあり非現実的でもあるような、なんとも言い難い儚い雰囲気を纏っていてツボでした。

 キャラクターは自分の意に反する言動を示す病人に嫌悪感や苦悩を抱えているので辛そうな表情が多いんだけど、自分の世界観が維持できている時は穏かで可愛らしく、本当に彼の主張する通り「そっとしておいてあげたい」という気になります。これが母性本能を擽られるっていうやつなのかな(笑)

 そして、とにかく声がイイ!柔らかくて優しい口調なんだけど芯が通っていて、重く虚しくなりそうな雰囲気を守るように包み込んでくれる強さも感じるから、物語のナビゲーター的な存在としても合っているんですよね。

 吾郎ちゃんの不条理劇というと2006年の『ヴァージニア・ウフルなんてこわくない?』がありますが、難解度は圧倒的に『象』の方が上だと思います。そして、ビジュアルも上(笑)…という冗談はさておき、『象』で演じた男の世界観が稲垣吾郎という存在感と上手くハマッている気がしました。

 とにかく他の役者陣に退けを取らない熱演ぶりで素晴らしかったし、稲垣吾郎の個としての活動の中では、この「舞台」という場が一番彼の魅力が発揮できる場所なんじゃないかって改めて感じました。

 これはホントにミーハーな感想なんだけど(笑)、アンコールで笑顔になる吾郎ちゃんが…♪ちゃんとバルコニー席の方まで視線を向けてくれるので、「あっ!目が合った?」と錯覚も出来て最高でした。←バカ(笑)

 そして終演後は原作者の別役実さん、演劇評論家の大笹吉雄さん、演出の深津篤史さん、芸術監督の鵜山仁さんによるシアター・トーク『日本の不条理劇』が開催されまして、1時間のトークショーでした。
 とても濃い内容で興味深い話ばかりでしたが、既にこの時点で相当長くなっているのと、少しステージセット等のネタバレを含んでしまうので、以下に続きます。

 これまた無駄に長いですから(笑)、興味のある方のみどうぞ。

(「web拍手」のコメントのレスは、次回まとめてさせて頂きます。スミマセン!)


web拍手


 大笹さんが進行役という形で4人が舞台にパイプ椅子を並べたトークショーでしたが、トーク内容の全部を書くのは不可能なので、とりあえず個人的に印象に残った内容をピックアップ。

 『象』の舞台セットでまず目に付くのは、ステージ一面に敷き詰められた古着の山。
 大笹さんが「まるで広島の町や原爆で焼け野原になったように見えたし、役者たちが時にその古着を道具として使う様が"皮膚の再生"のようにも見え、実に斬新で素晴らしい」と高評価。深津さん曰く「制作スタッフの一人が、アウシュビッツの写真展を観に行った時に、"こういうのがあった"と教えてくれて、そこからヒントを得た」とのこと。しかも、舞台の古着は4tトラック一台分の量なんだとかっ!

 大笹さんは小劇場向けの作品にしては意外なキャスティングだったと言い(名前こそ出さなかったけど、吾郎ちゃんや奥菜さんのキャスティングが意外だったらしい)、「これは商業的な面を意識したから?誰がキャスティングしたんですか?」と突っ込んだ質問を鵜山さんと深津さんにしていました。
 それに対して鵜山さんは「(商業的な面を)意識した訳じゃないし、自分は"この人は嫌だ"という程度の意見を出したに過ぎない」と意味深な発言をして、深津さんも「僕はそんなキャスティングには加担していません(笑)」と、お互いに擦り付け合うようなやり取りが面白かったです。

 また鵜山さんが「何故、今、新国立劇場で『象』を選んだのか?」という問いに対して、「別役さんの『象』を読んだのがキッカケでこの世界に入ったようなものだったから、いつか是非やりたいと思ってこのタイミングになった」と語っていました。

 演出面では深津さんは「どのリフターに誰が乗るかなど立ち位置の指定はしたけど、他の細かい動きは口出しせず役者たちに自由な動きをして貰った。ライヴに強い人達が揃っていましたから」と語り、全面的に役者陣を信頼して作り上げた舞台なんだと感じました。

 別役さんは今回の『象』の仕上がりを大変気に入っていて、「今まで上演された中でも特に良い出来」と絶賛していました。
 この作品は物凄く感情移入して台詞を書いたそうなので、上演された当初は閉鎖的な描写が観ていてとても辛かったそうです。でも病人が「喜劇的」に描かれるようになってからは抵抗無く観られるようになり、今回の上演で自分の持っていた抵抗感が全て解放されたと深津さんに感謝していたほど。

 また本来は3幕のところを2幕にしたのは深津さんが初めてだそうで、大笹さんからは「大胆な演出だ」と言われていましたが、深津さんは「『象』を一度も観たことがなかった分、変に固定概念に捉われることなく自由にやれた」みたいなことを言っていました。
 ちなみに、300人キャパは狭すぎ!と個人的に思っていたんですが、『象』をこんな広い空間で上演するのは初めてらしいです。ステージも客席と同じくらいの奥行きがあり、正に「今までにない開放的な空間」なんだとか。

 『象』というタイトルの由来を質問された別役さんは、「象をタイトルにした明確な理由は忘れたけど(笑)、象皮病というものがあったのと、個人的に象には可愛らしい顔をしているのに、肌がザラザラで汚らしいという嫌悪の対象でもあり、作品と同じく相対するイメージがあったから『象』というタイトル付けたと思う」だそうです。
 それに関連して「映画『エレファントマン』から由来していると言われることもあるけど、それは違います」とキッパリ否定していました。

 吾郎ファンとして嬉しかったのは、別役さんが「稲垣くんは過去に『ヴァージニア・ウフル』をやったことがあるだけに、遜色が無いという言い方も変だけど不条理劇に違和感が無かった。」と評してくれたことですね。この言葉を聞けただけど、シアター・トークに参加した甲斐があったというもの(笑)

 そして予定調和が好きじゃない深津さん(笑)、ゲネプロをやってから変更した演出があっただけでなく、既に初日と2日目の時点で細かい部分の演出が違っているそうです。別役さんも「うん、違っていたね」と判るほど変えているらしい。大きな変更は無いだろうけど、これからも日々細かい変化を続けて成長していく舞台なんだそうです。「最終日にはどんな形になっているかな…」と、他人事のように言っていた深津さんがツボでした。
 だからって鵜山さん、「何度も観ないといけない舞台なんですよ」って、あんまりだわ。当日券を取るのも大変なのよっ!

 個人的に印象に残ったのは、別役さんが「(原作を書いた)当時は稲垣くん演じた男1のようなタイプの方が珍しい存在だった。自分の意志を周囲に曝け出す病人のような男が一般的だった。しかし、今の時代は草食系男子や引きこもりという言葉も生まれてきて、男1が今の時代の男を象徴するような存在になったからこそ、この『象』が今も受け入れられるのかもしれない」と語っていたことですね。

 私は舞台を観て、病人が不条理な存在だと感じたんですが、本当に不条理な存在は男1(甥)の方だったのかもしれませんね。そう思い直してから再び舞台を観たら…、また違った感想を持つと思います。

 うーん、不条理劇って実に奥が深い。

テーマ:観劇 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント
この記事へのコメント
ありがとうございました♪
こんばんは、ドルチェです。
Twitterの方ではお世話になってますw

早速のレポUP、ありがとうございました。
初演の頃と時代背景も違っているし、見る側の感じ方も、別役さんが書かれた狙いとは変わっているのでは、と思っていました。
観た時は、どう捉えたらいいのか迷ったのですが(見終わったとき最初に思ったのが、「難しい・・・」でしたw)、吾郎がぴあで言っていた様に、感じたままでいいのでしょうか。

別役さんの言葉はほんとにうれしいですね♪
大杉さんがとてもリアルな感じに演じているのに対して、
現実感のないふわふわした雰囲気が、現実を黙って受け入れようとする「男」にはまっていたと思います。

「男」の方が不条理な存在ですか・・・
そこは思いもしなかったです。
次回はその辺と、演出の変わった部分を見分けないといけないですねw
2010/03/07(日) 01:35:16
URL | ドルチェ #-[ 編集 ]
>ドルチェsan
こんばんは。コメントありがとうございます。
こちらこそ、Twitterの方ではお世話になっておりますっ♪

『象』という作品は理解しようと身構えてはいけない作品なんでしょうね。
私もとても難解な不条理劇だと思いましたけど、そういう舞台で別役さんから遜色ない」と言われた吾郎ちゃん、ファンとして凄く嬉しかったです。

トークショーの最後が観客との質疑応答になったんですけど、観客から「冒頭の男1の台詞にはどんな意味が込められているのか?」という質問をされた別役さんが、「この作品は25歳の天才だった自分が書いたから、今の自分にも解りません(笑)。台詞合わせの時も役者さんから意味を質問されたけど『解らない』と答えておきました(笑)。全ては25歳の時の天才のみぞ知るです」と答えていたくらいですから、観る側も自分の思うままに感じ取れば良いんだと思いました。

> 「男」の方が不条理な存在ですか・・・
> そこは思いもしなかったです。
> 次回はその辺と、演出の変わった部分を見分けないといけないですねw

鵜山さんもおっしゃっていましたが、今回の『象』は何回も観るべき作品らしいですからね。特に深津さんの演出はイメージを固めずに全てを観客に委ねていますから、頭を柔らかくして改めて観たいと思います。

2010/03/07(日) 21:35:07
URL | ななんぼ@管理人 #qYsjHJMI[ 編集 ]
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